名護屋城陣あとプロジェクト

小早川隆景

こばやかわ たかかげ

筑前中納言
⚔ 陣あとめぐり 1 / 21 陣

いざ、出陣!武将たちが密書を携え、そなたを待っておる。

参加登録すると、めぐりの記録が残り、達成時に称号が授けられます。 ⚔ 参加登録する →

小早川隆景からの密書

― 新たな密書が届いた ―

おお、織部殿の数寄か、結構なり。次は備前宰相・宇喜多秀家殿のもとへ。「同じ西国の大老格、豊臣の御恩、ゆめ忘れまじ」とお伝えあれ。あの若き貴公子、秀吉公の御寵愛ひとかたならぬ御方よ。

次の目的地 宇喜多秀家 陣あと
🧭 次の陣あとへ道案内

現在地から徒歩ルートを表示します(位置情報の許可が必要です)

この密書のゆかり 史実

隆景・秀家はともに豊臣政権の大老格(五大老)。西国大名として豊臣家への強い忠誠で結ばれていた。

城地
名島
都道府県
福岡県(筑前)
石高
30.7万石
名護屋出兵時の年齢
59歳
出生年
1533年
没年
1597年
大名の居城
名島城
出陣・在陣
渡海

武将のステータス

性格
慎重・忠義
特技
水軍・政務

武将のストーリー

生まれ・故郷・活躍

毛利元就の三男。兄吉川元春とともに「毛利両川」として宗家を支えた。

秀吉の時代 ─ 名護屋城

秀吉に重用され五大老格に。文禄の役では六番隊を率いて渡海し碧蹄館の戦いで明軍に大勝。

その後のエピソード

慶長2年没。秀秋を養子に迎えていたため、後に小早川秀秋が家督を継いだ。

主な戦いの戦績

厳島・碧蹄館

子孫と家臣

秀秋断絶後は分家のみ

備考

豊臣政権で五大老格。慶長2年(1597)死去。

陣あとの位置

緯度 33.5326156 / 経度 129.8615088 ・Googleマップで開く

← 武将一覧へ戻る

📖 ご利用ガイド

名護屋城陣あとプロジェクト