城地
名島
こばやかわ たかかげ
筑前中納言いざ、出陣!武将たちが密書を携え、そなたを待っておる。
― 新たな密書が届いた ―
おお、織部殿の数寄か、結構なり。次は備前宰相・宇喜多秀家殿のもとへ。「同じ西国の大老格、豊臣の御恩、ゆめ忘れまじ」とお伝えあれ。あの若き貴公子、秀吉公の御寵愛ひとかたならぬ御方よ。
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隆景・秀家はともに豊臣政権の大老格(五大老)。西国大名として豊臣家への強い忠誠で結ばれていた。
毛利元就の三男。兄吉川元春とともに「毛利両川」として宗家を支えた。
秀吉に重用され五大老格に。文禄の役では六番隊を率いて渡海し碧蹄館の戦いで明軍に大勝。
慶長2年没。秀秋を養子に迎えていたため、後に小早川秀秋が家督を継いだ。
厳島・碧蹄館
秀秋断絶後は分家のみ
豊臣政権で五大老格。慶長2年(1597)死去。
緯度 33.5326156 / 経度 129.8615088 ・Googleマップで開く
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