城地
志知(淡路)→松前
かとう よしあきら
左馬助よき滑り出しじゃ。次なる陣あとへ、足を進めよ。
― 新たな密書が届いた ―
七本槍の誼、ありがたく候。さて次は海の兵(つわもの)、九鬼大隅守嘉隆のもとへ。「朝鮮の海、貴殿の水軍さばき、見事であった」とな。わしも水軍を率いた身、あの御仁の船いくさには学ぶところ多し。
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嘉明・嘉隆はともに水軍を率いて朝鮮の海で李舜臣らと戦った。海の武将同士の敬意で繋がる。
三河松平の出身。秀吉に仕え賤ヶ岳七本槍の一人として武功を挙げた。
水軍の将として朝鮮の海で李舜臣と戦った。陣は岬上の要害に築かれた。
関ヶ原で東軍。伊予松山20万石、後に陸奥会津40万石。
松山城(現存12天守)
賤ヶ岳七本槍の一人。水軍の将として多くの海戦に参戦。特別史跡陣跡(呼子大橋前)。
緯度 33.5399628 / 経度 129.8840818 ・Googleマップで開く
名護屋城陣あとプロジェクト