城地
郡山
とよとみ ひでやす
大和中納言よき滑り出しじゃ。次なる陣あとへ、足を進めよ。
― 新たな密書が届いた ―
これは鍋島殿、ご丁寧に。最後の使いを頼む。治部少輔・石田三成のもとへ。「豊家を頼む。くれぐれも、頼む」と。あの者なら、豊臣の世を守ってくれよう……(若き声に憂いがにじむ)
🧭 次の陣あとへ道案内現在地から徒歩ルートを表示します(位置情報の許可が必要です)
秀保は17歳で早世した悲運の貴公子。豊臣家の行く末を、豊臣政権を支えた石田三成に託す。(物語的締めくくり)
豊臣秀長の養子として大和郡山100万石を継承。
少年ながら名護屋に在陣。陣跡には屋敷群が描かれた屏風絵が残る。
文禄4年に17歳で急死し、豊臣秀長系統は断絶した。
秀吉の姉ともの子で秀長の養子。文禄4年(1595)若くして急死。特別史跡陣跡。VR名護屋城対応。
緯度 33.5219728 / 経度 129.8582261 ・Googleマップで開く
名護屋城陣あとプロジェクト