城地
佐和山
いしだ みつなり
治部少輔いざ、出陣!武将たちが密書を携え、そなたを待っておる。
― 新たな密書が届いた ―
おお、よくぞここまで密書を届けてくれた。豊家への忠義、しかと見届けたぞ。これにて陣あとめぐりの使命、すべて成就(じょうじゅ)である。そなたの働き、この治部少輔三成、生涯忘れぬ。見事であった——!
陣あとめぐりの最終地点。豊臣家への忠義を貫いた三成のもとで全ミッションが完結する。
近江坂田郡の出身。少年期に秀吉に見いだされ「三献の茶」の逸話で有名。
名護屋では奉行として全軍の兵站・通信を統括。自身も朝鮮へ渡海して諸将と協議した。
秀吉死後、家康に対抗し関ヶ原で西軍を組織するも敗北、処刑された。
関ヶ原(西軍総大将格)
石田家は表向き断絶、密かに血脈が伝わる
大谷吉継・宇喜多秀家・毛利輝元
佐和山城跡・滋賀県米原市の銅像
豊臣政権五奉行筆頭格。
緯度 33.5150830 / 経度 129.8810830 ・Googleマップで開く
名護屋城陣あとプロジェクト