名護屋城陣あとプロジェクト

九鬼嘉隆

くき よしたか

大隅守・「海賊大名」
⚔ 陣あとめぐり 1 / 21 陣

いざ、出陣!武将たちが密書を携え、そなたを待っておる。

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九鬼嘉隆からの密書

― 新たな密書が届いた ―

かっかっか、嘉明めが世辞を申すか。次は越後の龍・上杉景勝殿のもとへ。「義を重んじる御家風、海の男も感服仕る」とお伝えあれ。陸(おか)と海、領分は違えど、武士の筋は同じよ。

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この密書のゆかり 物語

九鬼水軍と上杉は直接の縁は薄いが、嘉隆は「義」を貫いた上杉家の家風に敬意を示す。(創作的要素を含む)

城地
鳥羽
都道府県
三重県(志摩)
石高
3.5万石
名護屋出兵時の年齢
50歳
出生年
1542年
没年
1600年
大名の居城
鳥羽城
出陣・在陣
渡海

武将のステータス

性格
豪放磊落
特技
水軍・船戦

武将のストーリー

生まれ・故郷・活躍

志摩の海賊衆をまとめ織田・豊臣の水軍を率いた。鉄甲船を建造したことで有名。

秀吉の時代 ─ 名護屋城

朝鮮の海で李舜臣率いる朝鮮水軍と幾度も戦った。

その後のエピソード

関ヶ原で西軍に与し戦後自刃。

現代に残る面影

鳥羽城跡・九鬼嘉隆の墓(鳥羽答志島)

備考

豊臣水軍の主力として活躍。特別史跡陣跡。

陣あとの位置

緯度 33.5378909 / 経度 129.8587381 ・Googleマップで開く

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📖 ご利用ガイド

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