城地
鳥羽
くき よしたか
大隅守・「海賊大名」いざ、出陣!武将たちが密書を携え、そなたを待っておる。
― 新たな密書が届いた ―
かっかっか、嘉明めが世辞を申すか。次は越後の龍・上杉景勝殿のもとへ。「義を重んじる御家風、海の男も感服仕る」とお伝えあれ。陸(おか)と海、領分は違えど、武士の筋は同じよ。
🧭 次の陣あとへ道案内現在地から徒歩ルートを表示します(位置情報の許可が必要です)
九鬼水軍と上杉は直接の縁は薄いが、嘉隆は「義」を貫いた上杉家の家風に敬意を示す。(創作的要素を含む)
志摩の海賊衆をまとめ織田・豊臣の水軍を率いた。鉄甲船を建造したことで有名。
朝鮮の海で李舜臣率いる朝鮮水軍と幾度も戦った。
関ヶ原で西軍に与し戦後自刃。
鳥羽城跡・九鬼嘉隆の墓(鳥羽答志島)
豊臣水軍の主力として活躍。特別史跡陣跡。
緯度 33.5378909 / 経度 129.8587381 ・Googleマップで開く
名護屋城陣あとプロジェクト