城地
北ノ庄
ほり ひではる
よき滑り出しじゃ。次なる陣あとへ、足を進めよ。
― 新たな密書が届いた ―
はっ、上杉殿の御旧領、しかとお預かりいたす。さて次は信濃の古狸・真田安房守昌幸のもとへ。「わが陣の能舞台にて、一差し舞うてくだされ」とお誘いせよ。あの智将、戦さばかりでなく風流も解す御方と聞く。
🧭 次の陣あとへ道案内現在地から徒歩ルートを表示します(位置情報の許可が必要です)
堀秀治の陣あとは能舞台跡が確認された最も整備された陣として知られる。真田昌幸は徳川の大軍を二度撃退した「表裏比興の者」と評された智将。(能の誘いは創作的演出)
堀秀政の長男。父の死後家督を継ぐ。
少年で名護屋に在陣。陣跡には能舞台跡まで確認され、当時の華やかさを伝える。
慶長3年に越後春日山45万石へ転封。関ヶ原で東軍に与す。
越前北ノ庄18万石(領内総石高)。慶長3年(1598)越後春日山45万石へ。御殿や能舞台跡が確認された最も整備された陣跡。特別史跡陣跡。
緯度 33.5237843 / 経度 129.8614007 ・Googleマップで開く
名護屋城陣あとプロジェクト