城地
金沢
まえだ としいえ
大納言・「槍の又左」いざ、出陣!武将たちが密書を携え、そなたを待っておる。
― 新たな密書が届いた ―
おお、家康殿からの言伝か、大儀である。次は肥後の虎・加藤清正のもとへ。「賤ヶ岳以来の槍働き、見事であった」と伝えてくれぬか。あやつとは古い戦友よ。達者でな。
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利家・清正はともに賤ヶ岳の戦いで活躍した武断派。槍の名手同士、世代を超えた武人の繋がりがあった。
尾張荒子の出身。信長の小姓から武勇で出世し「槍の又左」と恐れられた。
秀吉の親友として加賀百万石の基礎を築き、五大老筆頭格に。名護屋では8千の兵を率い在陣。
秀吉の死後、秀頼の傅役として奔走するが慶長4年に病没。
桶狭間・姉川・長篠・賤ヶ岳
加賀藩前田家として明治まで
秀吉と昵懇
前田家は侯爵
金沢城・尾山神社・金沢百万石まつり
豊臣政権五大老の一人。文禄2年に名護屋へ来た明国使節団を接待。特別史跡陣跡。
緯度 33.5281171 / 経度 129.8727572 ・Googleマップで開く
名護屋城陣あとプロジェクト