城地
春日山
うえすぎ かげかつ
中納言いざ、出陣!武将たちが密書を携え、そなたを待っておる。
― 新たな密書が届いた ―
……(しばし沈黙ののち、重々しく口を開く)。わが執政・兼続にも申しつけてある。次は越前の堀秀治のもとへ参れ。「わが旧領・春日山、くれぐれも頼むぞ」と伝えよ。あの地は、亡き謙信公以来の大切な国ぞ……。
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景勝が会津へ転封された後、その旧領・越後春日山には堀秀治が入った。上杉ゆかりの地を引き継ぐ者として繋がる。
上杉謙信の養子。御館の乱で景虎に勝利し家督を継承。
豊臣政権下で五大老。名護屋へは執政直江兼続を伴って在陣した。
慶長3年に会津120万石。関ヶ原では西軍に与し戦後米沢30万石へ減封。
川中島の戦い(謙信時代)・御館の乱・慶長出羽合戦
米沢藩上杉家として明治まで
直江兼続が補佐
上杉家は伯爵
米沢上杉神社・春日山城跡(上越市)
豊臣政権五大老の一人。慶長3年(1598)会津120万石へ転封。特別史跡陣跡。
緯度 33.5410124 / 経度 129.8535600 ・Googleマップで開く
名護屋城陣あとプロジェクト