城地
岩出山
だて まさむね
羽柴越前守・独眼竜いざ、出陣!武将たちが密書を携え、そなたを待っておる。
― 新たな密書が届いた ―
これなる伊達藤次郎政宗、火急の願いの儀あり。わが六男・忠輝めを、徳川殿の養子に……いや、よしなに取り計らってほしいと伝えてまいれ。あの御仁は気難しいゆえ、心して参るのだぞ。
🧭 次の陣あとへ道案内現在地から徒歩ルートを表示します(位置情報の許可が必要です)
政宗の娘・五郎八姫(いろはひめ)は家康の六男・松平忠輝に嫁いだ。伊達と徳川は姻戚関係で結ばれていた。
出羽米沢に生まれ、幼少期に右目を失う。家督相続後、奥州統一を進め南奥羽の覇者となった。
小田原参陣が遅れ秀吉に臣従。名護屋から朝鮮へ渡海し、金箔の陣羽織で軍勢を率い「伊達者」の語源となった。
関ヶ原では東軍に与し仙台藩62万石。慶長遣欧使節を派遣するなど独自外交を展開した。
人取橋・摺上原・文禄慶長の役・関ヶ原(東軍)・大坂の陣
仙台伊達家。片倉小十郎景綱ら。
徳川家康に接近。豊臣・徳川双方と通じる。
仙台伊達家は明治に伯爵。
仙台城跡の騎馬像・瑞鳳殿・仙台市博物館
慶長3年に岩出山から仙台へ。
緯度 33.5297096 / 経度 129.8867121 ・Googleマップで開く
名護屋城陣あとプロジェクト