名護屋城陣あとプロジェクト

真田昌幸

さなだ まさゆき

安房守・「表裏比興の者」
⚔ 陣あとめぐり 1 / 21 陣

いざ、出陣!武将たちが密書を携え、そなたを待っておる。

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真田昌幸からの密書

― 新たな密書が届いた ―

ふっ、上杉殿が買いかぶりを。次は蒲生飛騨守氏郷のもとへ走れ。「会津92万石の差配、見事なり。茶の湯など一献いかが」とな。あの御仁、武も茶も一流の風流人よ。

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この密書のゆかり 物語

蒲生氏郷は会津92万石の大領を治め、利休七哲の一人でもある文武両道の名将。智将・昌幸が一目置く存在。(ゆかりは創作的)

城地
上田
都道府県
長野県(信濃)
石高
3.8万石
所属藩
名護屋出兵時の年齢
45歳
出生年
1547年
没年
1611年
大名の居城
上田城
出陣・在陣
名護屋在陣

武将のステータス

性格
狡知に長け状況判断に優れる
特技
調略・築城

武将のストーリー

生まれ・故郷・活躍

武田信玄の足軽大将・真田幸隆の三男。武田滅亡後は織田・上杉・北条・徳川の間を渡り歩き家を保つ。

秀吉の時代 ─ 名護屋城

秀吉に臣従し本領安堵。名護屋に在陣し陣を構えた。

その後のエピソード

関ヶ原で西軍に与し、徳川秀忠の大軍を上田城で足止め。戦後は九度山に蟄居し没。

主な戦いの戦績

第一次・第二次上田合戦

子孫と家臣

長男信幸は松代藩、次男幸村は大坂の陣で活躍

同盟状況

武田・上杉・北条・徳川・豊臣と通好

現代に残る面影

上田城・真田神社・九度山真田庵

備考

特別史跡陣跡。

陣あとの位置

緯度 33.5384041 / 経度 129.8605424 ・Googleマップで開く

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📖 ご利用ガイド

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