城地
江戸
とくがわ いえやす
江戸大納言・内大臣よき滑り出しじゃ。次なる陣あとへ、足を進めよ。
― 新たな密書が届いた ―
伊達めの口上、しかと聞き届けた。さて次は前田又左衛門利家殿のもとへ参られよ。「五大老として、豊臣の世を共に支えようぞ」と、この家康の言葉を届けてくれ。あの槍の又左、まだ達者でおろうか。
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家康と利家はともに豊臣政権の五大老。利家は秀吉の盟友として家康を牽制する立場でもあり、両雄の均衡が天下を保っていた。
三河岡崎に生まれ、人質生活を経て独立。三河・遠江・駿河・甲斐・信濃を治める東海の雄となった。
小田原征伐後に関東250万石へ移封。名護屋では渡海軍に加わらず在陣し、豊臣政権の重鎮として国内を支えた。
秀吉没後の関ヶ原に勝利。1603年征夷大将軍となり江戸幕府を開く。
桶狭間・三方ヶ原・長篠・小牧長久手・関ヶ原・大坂の陣
徳川将軍家。本多忠勝・井伊直政ら徳川四天王。
織田信長と清洲同盟。後に豊臣秀吉と和睦。
徳川宗家は明治に公爵。徳川慶喜は静岡へ。
日光東照宮・久能山東照宮・各地の銅像・江戸城(皇居)
豊臣政権五大老の一人。名護屋城跡の北東約700mに本陣跡。海を隔てた東側対岸に別陣も。特別史跡陣跡。
緯度 33.5338151 / 経度 129.8752848 ・Googleマップで開く
名護屋城陣あとプロジェクト