城地
宇土
こにし ゆきなが
摂津守・アウグスティヌスいざ、出陣!武将たちが密書を携え、そなたを待っておる。
― 新たな密書が届いた ―
おお、立花殿の労(ねぎら)い、かたじけない。次は藤堂佐渡守高虎のもとへ。「築城の妙技、和議の使者として共に汗をかいた仲ですな」とな。あの御仁、城づくりの名手にして、世渡りもまた巧みよ。
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行長・高虎はともに朝鮮で活動。高虎は築城の名手として知られ、七度主君を変えた処世術でも有名。(共闘は創作的要素)
堺の商人の家に生まれる。秀吉に登用され肥後南半国14.6万石を与えられた。
対朝鮮和平交渉を担当しつつ一番隊先鋒として渡海。漢城・平壌まで進攻。
関ヶ原で西軍に与し敗北。キリシタンとして自刃を拒み斬首された。
文禄慶長の役(先鋒)・関ヶ原(西軍)
宗義智(娘婿)と対朝鮮外交
宇土城跡・熊本県宇土市
キリシタン大名。一番隊先鋒として漢城まで進攻。
緯度 33.5270653 / 経度 129.8758519 ・Googleマップで開く
名護屋城陣あとプロジェクト