名護屋城陣あとプロジェクト

小西行長

こにし ゆきなが

摂津守・アウグスティヌス
⚔ 陣あとめぐり 1 / 21 陣

いざ、出陣!武将たちが密書を携え、そなたを待っておる。

参加登録すると、めぐりの記録が残り、達成時に称号が授けられます。 ⚔ 参加登録する →

小西行長からの密書

― 新たな密書が届いた ―

おお、立花殿の労(ねぎら)い、かたじけない。次は藤堂佐渡守高虎のもとへ。「築城の妙技、和議の使者として共に汗をかいた仲ですな」とな。あの御仁、城づくりの名手にして、世渡りもまた巧みよ。

次の目的地 藤堂高虎 陣あと
🧭 次の陣あとへ道案内

現在地から徒歩ルートを表示します(位置情報の許可が必要です)

この密書のゆかり 物語

行長・高虎はともに朝鮮で活動。高虎は築城の名手として知られ、七度主君を変えた処世術でも有名。(共闘は創作的要素)

城地
宇土
都道府県
熊本県(肥後)
石高
14.6万石
名護屋出兵時の年齢
34歳
出生年
1558年
没年
1600年
大名の居城
宇土城
出陣・在陣
渡海(一番隊先鋒)

武将のステータス

性格
穏健・外交志向
特技
貿易・外交

武将のストーリー

生まれ・故郷・活躍

堺の商人の家に生まれる。秀吉に登用され肥後南半国14.6万石を与えられた。

秀吉の時代 ─ 名護屋城

対朝鮮和平交渉を担当しつつ一番隊先鋒として渡海。漢城・平壌まで進攻。

その後のエピソード

関ヶ原で西軍に与し敗北。キリシタンとして自刃を拒み斬首された。

主な戦いの戦績

文禄慶長の役(先鋒)・関ヶ原(西軍)

同盟状況

宗義智(娘婿)と対朝鮮外交

現代に残る面影

宇土城跡・熊本県宇土市

備考

キリシタン大名。一番隊先鋒として漢城まで進攻。

陣あとの位置

緯度 33.5270653 / 経度 129.8758519 ・Googleマップで開く

← 武将一覧へ戻る

📖 ご利用ガイド

名護屋城陣あとプロジェクト