名護屋城陣あとプロジェクト

鍋島直茂

なべしま なおしげ

加賀守
⚔ 陣あとめぐり 1 / 21 陣

いざ、出陣!武将たちが密書を携え、そなたを待っておる。

参加登録すると、めぐりの記録が残り、達成時に称号が授けられます。 ⚔ 参加登録する →

鍋島直茂からの密書

― 新たな密書が届いた ―

うむ、普請のことなら任されよ。次は大和中納言・豊臣秀保様のもとへ。「豊家の御一門、何卒ご武運を」と恭(うやうや)しくお伝えせよ。まだお若いが、秀長公の跡を継がれた大事な御方ぞ。

次の目的地 豊臣秀保 陣あと
🧭 次の陣あとへ道案内

現在地から徒歩ルートを表示します(位置情報の許可が必要です)

この密書のゆかり 物語

直茂から豊臣一門の秀保へ。秀保は秀吉の甥で秀長の養子。大和郡山100万石を継いだ豊臣の貴公子。(直接のゆかりは創作)

城地
佐賀
都道府県
佐賀県(肥前)
石高
31万石
所属藩
佐賀藩
名護屋出兵時の年齢
54歳
出生年
1538年
没年
1618年
大名の居城
佐賀城
出陣・在陣
渡海

武将のステータス

性格
慎重・実務型
特技
行政

武将のストーリー

生まれ・故郷・活躍

龍造寺隆信の重臣。隆信戦死後、実権を握り肥前を治めた。

秀吉の時代 ─ 名護屋城

秀吉から肥前佐賀を任され、名護屋から朝鮮へ渡海。日本軍の中で勇戦した。

その後のエピソード

関ヶ原で東軍に転じ本領安堵。子勝茂が初代佐賀藩主に。

子孫と家臣

佐賀藩鍋島家として明治まで

明治維新後の歴史

鍋島家は侯爵

現代に残る面影

佐賀城本丸歴史館・佐賀城公園

陣あとの位置

緯度 33.5229312 / 経度 129.8608495 ・Googleマップで開く

← 武将一覧へ戻る

📖 ご利用ガイド

名護屋城陣あとプロジェクト